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煩悩退散!

シンプルライフを目指しています。なのに煩悩(物欲・食欲・承認欲 etc.)は尽きません。そんな煩悩をここで吐き出して成仏させようとする試み。

反知性主義はそんなに悪いことか

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先日、東大入試の現代文の題材として内田樹氏の「日本の反知性主義」が使用された件で、批判が巻き上がるのを見ました。その時に感じたことを書いて置きたいと思います。

批判の構造

実際の試験問題は下で見ることができます。

2016年 東京大学 前期日程 問題 : 二次・私大入試 : 大学入試2016 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

私の目には、批判が以下のような2層構造になっているように映りました。

  1. 内田氏は、「反知性主義」という言葉を元々の定義と違った意味で間違えて使っている。そんな論者の文章は入試問題としてふさわしくない。
  2. 内田氏の立場はむしろ元々の意味での反知性主義であり、それを「知性的」と言っている。それが気に食わない。

1.は、その通りでしょう。ここらへんのおかしさについては山形浩生氏の批評が詳しいです。

問題を作る東大教授が、このような批判があるということを知っていたら、問題文には採用しなかったと思うのですが、もしかしたら、けっこう問題作成者の好みで適当に選ばれるのかも知れません。

反知性主義はそんなに悪いこと?

2.の点については、私は少し疑問があります。反知性主義はそんなに悪いことなのでしょうか?

反知性主義とは「知的権威やエリート主義に対して懐疑的な立場をとる主義・思想」(Wikipediaより)です。

また、内田氏の文には

「得心がいったか」「腑に落ちたか」「気持ちが片付いたか」どうかを自分の身体反応を以ってさしあたりの理非の判断に代えることができる人を私は「知性的な人」だとみなすことにしている。

とあります。

私は、この部分を読んで、「権威やエリートがどんなに理屈をこねくり回しても、直感的におかしいと感じたら、私は権威を信じないよ」という、権威に対する抑止力を心に秘めた人を知性的と呼んでいるのだと解釈しました。

「公害にしても原発にしても、権威には何度も騙されてきたじゃないか」

このような抑止力があるからこそ、権威側の一層の説明努力がなされるものだと思います。

そして「直感的におかしい」と感じる力とは、私は、人間観察力であると思います。

「この人、説明する時に目が泳いでいるなあ」

「いつも論点を逸らそうとしているぞ」

といった人の信頼性に関するメタな直感力です。

 カーネマンの「ファスト&スロー」に、人間の思考では高速に判断ができる即断型の「システム1」が大きな位置を占めていることが述べられています。

ファスト&スロー(上) あなたの意思はどのように決まるか? (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

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もちろん、直感で怪しいと感じた後には、時間のかかる論理的な思考を用いて自分の直感を検証するプロセスが必要です。私は、「知的である」とは、直感で怪しいことを検知でき、その直感を論理的に検討できることだと思います。 

注意しなくてはいけないのは、権威-反知性主義の対立は、多層的であるということです。一般の人から見たら権威となる科学的学会の中にも、定説を信じる権威的学者とそれに疑問を呈する若手学者という対立構造は良くあります。つまり、権威を感じ取り、必要とあればそれに疑問を呈することで、科学も進歩してきたのです。 

まとめ

東大入試の現代文の題材として内田樹氏の「日本の反知性主義」が使用されたことに対する批判を見て感じたことを書いてみました。

私の気持ちをまとめると、「本来の意味での反知性主義はそんなに悪いものではない」そして「内田氏がもう少しちゃんと書いてくれていたらなあ。惜しいなあ」という感じです。

日本の反知性主義 (犀の教室)

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アメリカの反知性主義

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