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煩悩退散!

シンプルライフを目指しています。なのに煩悩(物欲・食欲・承認欲 etc.)は尽きません。そんな煩悩をここで吐き出して成仏させようとする試み。

『老荘思想がよくわかる本』の後半(荘子)を読み終わりました

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この前から読んでいる『老荘思想がよくわかる本』の後半部分の『荘子』を読み終わりました。私は、古いものほど尊重したくなるたちで、老荘思想でいうと『老子』の方が良いのかなと勝手に思っていたのですが、この部を読んで『荘子』も中々面白そうだということが分かりました。

『老子』と『荘子』の違い

老荘思想がよくわかる本 (新人物往来社文庫)

老荘思想がよくわかる本 (新人物往来社文庫)

 

本書によりますと、老子も荘子も自然思想であり、無為自然などを基調としていますが、以下のような違いがあるようです。

  • 『老子』は、俗世間を捨てきれていないようにも読める。
  • 『荘子』には、もっと超越的な完全な隠遁者の趣がある
  • 『荘子』には、寓話が多い

一つ目の点は、老子の部でも少し触れられていましたが、『老子』では大きな理想的なことを語る文章の中に、ぽっと唐突に、俗な事が出てきたりします。

例えば、下の『老子』の一節を見て下さい。

故に道は大、 天も大、 地も大、 王も亦た大なり。 域中四大有り、而して 王は其の一に居る。 

世の中には、4つの大があるが、王はその一つであると言ってしまっています。ここで、「大」というのは、老子の思想の中で根本の宇宙の理を表す「道」のことです。本当に立派な王でしたら、「大」と言っても良いのかもしれませんが、やはり唐突な感じを受けます。何か王に対しておもねっている印象は拭えません

一方の荘子は、俗世間は完全に無視して、自然に生きようよという立場です

理詰めでは伝えられないことを伝える

三つ目の、寓話が多いということも、個人的には惹かれます。

最近、小説の役割というものを考えていて、小説には論理的に話しても分からない人を説得する力があるというのが私の今の所の考えなのですが、寓話で伝えるというのは、それと似た方針と言えます。

理詰めで「道」を解くのも良いですが、それだけでは伝えきれないこともあるし、伝わらない人もいます。その意味で、寓話を多用する『荘子』には、興味が沸いてきています。

『荘子』の中の寓話はそれ自体面白く、有名なものも多くあります。例えば、「胡蝶の夢」「朝三暮四」などの話は、有名ですね。

この前、大相撲の千秋楽で横綱白鵬が変化をしたことに関して論争が起きていた時、「われいまだ木鶏たりえず」という双葉山の言葉がテレビで紹介されていましたが、この「木鶏」も『荘子』から来た言葉だそうです。

老子と荘子はどちらが古い?

一般的には、老子のほうが荘子よりも古い時代の人だと考えられていますが、研究によると、荘子の方が古いという説もあるそうです。

また、荘子は、儒家の出身ではないかとの説もあるそうです。

荘子 - Wikipedia

とても古い時代のことですので、真実は永遠に明らかにはならないでしょうが、定説を取り去ってみた時に、初めて読めてくるものもあるのかもしれません。

読むのは量的に大変そう

ということで、『荘子』にも興味が沸いてきたのですが、『老子』が5千文字程度であるのに対して、『荘子』は6万5千字程度もあるそうなので、読むのにはかなり時間がかかりそうです。

例えば、岩波文庫では4分冊となっているようです。ただし、エッセンスは第一冊に収録された「内篇」にあるそうですので、まずはそれを読んでみるのが良さそうです。

荘子 第1冊 内篇 (岩波文庫 青 206-1)

荘子 第1冊 内篇 (岩波文庫 青 206-1)

 

まとめ

『老荘思想がよくわかる本』の後半(荘子)を読み終わりましたので、感想を書いてみました。

これまで、老荘思想と言う言葉は聞いたことはあっても、真面目に調べたりしたことはありませんでした。今回、この簡単な入門書を読むだけでも、多くの新しい事を知ることができました。

老荘思想にも、仏教の思想とも共通した「欲を捨て去る」という思想が根底にあるように感じましたし、実際、中国で生まれた禅宗には老荘思想がかなり入り込んでいるそうです。

色々な本を読んでいくと、意外と多くの関連性や共通性があったりして、面白いものです。

前半の感想はこちら