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煩悩退散!

シンプルライフを目指しています。なのに煩悩(物欲・食欲・承認欲 etc.)は尽きません。そんな煩悩をここで吐き出して成仏させようとする試み。

クローズアップ現代+「経済減速 中国で仏教大ブーム!?」を見て思ったこと:原始仏教は人付き合いが苦手な人には優しい宗教というか哲学なのかもしれない

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昨日の記事で、原始仏教の経典『スッタニパータ』に出てくる「犀の角」の話を書きました。そこで私は、原始仏教ではたとえ孤独になっても真理を求めていけということを説いて、少し厳しすぎないかという事を書いたのですが、別の角度から考えてみると逆なのかなと思えてきました。

昨日の記事はこちらです。

昨日の夜、NHKのクローズアップ現代+で「経済減速 中国で仏教大ブーム!?」という番組を見ました。

経済減速 中国で仏教大ブーム!? - NHK クローズアップ現代+

最近、中国で宗教が盛り返してきていて、特に仏教は政府の後押しもあって(あくまで政府のコントロールが効くように)ブームなのだそうです。

その理由としては、経済の減速や行き過ぎた競争によって人々の不安が増加しているからではないかということが述べられていました。

最近、仏教に興味を持っている私としては、興味を持って見たのですが、そこで紹介されているお寺の様子をみて少しぞっとしたんですよね。

というのも、沢山の人が集まって、お坊さんの説教を聞いたり、出家式?などをしている映像が流れたからです。

私はどうも人付き合いが苦手で、いくら仏教に興味はあっても、そんなに多くの人と一緒にいるのはそれだけでストレスになってしまうなあと思ったからです。

出家にしても、お寺で他の修行者の人と一緒に共同生活していくことになると思いますが、そこに嫌な人とか駄目な指導者しかいなかったらどうするのでしょうか。

『スッタニパータ』の教えによれば、「そんな所からは離れて独りで歩みなさい」ということになると思います。

つまり、原始仏教は、考えようによっては人付き合いが苦手・嫌いな人にも門戸を開いているといえるのではないでしょうか。つまり、独りでできる信仰なのです。

そう考えると、原始仏教は、宗教というよりも、哲学に近いのかなと思いました。哲学も世界や人生の諸問題を議論しますが、1人で出来ます。

そう言えば、この前読んだ瞑想の本(この本の著者は原始仏教の流れをくむ上座部仏教の方)でも、仏教は宗教ではないと言っていたのでした。その意味が今少し納得できた気がします。

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もちろん、人と一緒にいるほうが安心してストレスが少ないという人も多いわけですから、皆で集まってというスタイルを否定するわけではありません。(しかし、人と一緒になりたい人の宗教と、人と一緒になりたくない人の宗教、どちらが広まりやすいかは明らかですよね。)

まとめ

私は、子供の頃から最近まで「宗教」というものを毛嫌いしていました。今回その理由の一つが明確に分かった気がします。たぶん大勢で集まって集会をするとかそういうこと自体が嫌いだったんですね。

もう一つ、争いばかり起こして何も利点がないじゃないかというのも宗教を毛嫌いする理由でしたが、それに関しては今は少し考えが変わってきています。

人はつらい状況になった時にやはり心の支えが必要になります。それが家族である人もいるし、自己啓発である人もいるし、宗教であるという人もいるということです。日本はそもそも裕福で平和ですし、さらに子供の時には親に守が守ってくれて世間の辛い現実から隔離されていたので、その利点が見えていなかっただけなんだと最近感じるようになりました。

ブッダのことば―スッタニパータ (岩波文庫)

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