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煩悩退散!

シンプルライフを目指しています。なのに煩悩(物欲・食欲・承認欲 etc.)は尽きません。そんな煩悩をここで吐き出して成仏させようとする試み。

難読地名はなぜ生まれ、使われ続けるのか

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日本中どこへ行っても、読めない地名というものがあります。いわゆる「難読地名」です。今日は、そんな難読地名が、なぜ生まれるのか、なぜ残るのかについて仮説をいくつか考えてみました。

日本には難読地名だらけ

難読地名とは、読み方が特に難しい地名のことです。雑学の面白いネタなので、ネット上でも定期的に話題になったりしますよね。

例えば、こちらとか。

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これらの記事は、特に読み方が難しい地名を挙げていますが、これらに限らず、地名というものは大体読みにくいものが多いですよね。

そこで、なぜ難読地名が生まれ、そして、残ってしまうのかということに関して、いくつかの仮説を考えてみました。あくまで仮説なので、勝手な雑談と思って読んで下さい。

仮説1: 古代の言語の発音に無理やり漢字を当てているから

古事記に出てくる地名の由来を、下の記事で紹介したことがあります。日本最古の歴史書といわれる古事記が書かれた時点で既に、由来を説明しなければ当時の人にも何故そういう地名になったのか分からない地名があったということを意味しています。

そもそも、人間社会の中で、地名というものはいつ頃から使われだしたのでしょうか。

おそらく、集落的なものが形成され、集落間で交易が行われていた頃には、地名は既にあったでしょう。

もしかしたら、人類の祖先が狩りや果物の採集をしていた時代にまで遡るのかもしれません。狩りをする際に目印となる地点や、果物がよくなる木を指し示す語として地名的な語が生まれている可能性は多いにあるような気がします。

ここらへんの、人間の言語の発達の歴史については、何か本を探して一度読んでみたいですね。

そして、そのようなとても古い時代の言語の発音で呼ばれていた地名に、中国から漢字が入ってきた奈良時代前後に無理矢理漢字を当てて表記するようになったために、漢字からでは想像がしにくい読みになってしまった地名があるということなのでは無いでしょうか。

北海道などでは、アイヌ語に由来すると言われている地名は沢山ありますよね(この場合、漢字での当て字はもっと後の時代のことかもしれませんが)。

仮説2: 地名には別に意味がなくても良いから

そんな感じで、難読地名が生まれてしまった後に、それがいつまでも使われてしまう理由としては、地名には別に意味がなくても良いということがあると思います。

地名とは単に、場所を指し示すための符号でしかないからです。

例えば、以前書いた下の記事で紹介しましたが、古事記には福島県の会津(あいづ)という地名の由来が語られている章があります。東国を北陸方面から征伐した武将と関東方面から征伐した二人の武将が落ち合った場所だから、「会い・津」というわけです。この時点で、結構こじつけ感はありますが、一応、意味に対応した地名にはなっているわけです。

しかし、この「あいず」が、仮に、後世になって読みがなまって「まいじ」と変化してしまったとしても、場所を指し示す役割は変わりませんので、使われ続けるでしょう。そして、「会津(まいじ)」という難読地名の出来上がりです。

つまり、地名には別に意味はなくても良いという性質が、難読地名を生き残らせる力になっているという仮説です。

仮説3: 人名との混同を避けるため

上で述べたように、地名にはある地点を指し示すという役割があります。

似たような性質をもつ語として、人名があります。どちらも、個別の何かを指し示す語なのですが、結構同じ語が使われたりしていて、混同が起こります。

そこで地名の方の読みを、少し普通の読み方からは外して読ませることによって、その集落や街に住んでいる人の間で、地名と人名の混同を避けるということが行われるのではないでしょうか。

例えば、「山田」なら、人名は「やまだ」として、地名は「やまた」とするなどです(これは仮想の例ですが)。旅行をしていると、こういうちょっとだけ常識とはずれた読み方の地名というものによく出くわす気がします。

仮説4: よそ者を見分けるため

このように出来上がった難読地名が読めるかどうかは、その人が土地の者であるかどうかを測る良い指標になります。

今よりも閉鎖性が高かった地域社会では、よそ者を区別する方法(そして周辺の難読地名が全てが読めるようになるくらいの期間そこに住んだ者は仲間として受け入れる)として役に立つとういうことで、難読地名が使われ続けたのではないでしょうか。

「さいたま市」や「さくら市」など最近の「ひらがな地名」は、現代社会の非閉鎖性を反映しているのかもしれません。

仮説5: 人間は雑学が好きだから

地名の由来は雑学のなかでも、人気のジャンルです。特に意味のないものを知識として覚えるということに、人は何か喜びを感じてしまうのではないでしょうか。

難読地名のように読み方まで分かりにくいとなれば、雑学の格好のネタになります、難読地名のところに住んでいる人には、そうやって一般の人に雑学として取り上げられることにより、誇りやプライドのようなものが生まれるでしょう。それが難読地名を生き残らせる力になっているのではないでしょうか。

まとめ

難読地名の由来と、それが使われ続ける理由を考えてみました。私が地名に関して日頃感じていることを適当に書いてみましたが、学術的にはどのような事が分かっているのかを少し調べてみたくなりました。何か良い本などをご存知の方はぜひ教えて下さい。