同じような仕事をしていても、稼ぐお金の量が違うということはよくあります。同一労働・同一賃金が叫ばれていますが、なかなかそうならないのが現状です。今日は、人が稼ぐお金の量についての公式を考えてみました。
それは、ずばり
稼ぐお金 = がめつさ x 価値
です。
つまり、同じ価値を生み出している人でも、その「がめつさ」によって稼ぐお金が違うということです。「がめつさ」は、「図々しさ」と言い換えてもいいかもしれません。
全く同じキャベツを売る八百屋を考えてみましょう。片やそれを50円の利益を乗せて売り、片や100円の利益を乗せて売る。結局、この両者では「がめつさ」が違うのです。
生み出した価値以上にがめつくお金を稼ぐ人もいれば、謙虚すぎて生み出した価値に見合うだけの対価を得られない人もいます。
がめつさは「自己評価」と言ってもいいかもしれません。自分の生み出した価値がなんであれ、「おれはこのくらい稼げて当然だ」という根拠のない自己評価です。これができる人はがめつくお金を稼ぎます。
もうたいして会社に貢献していないのに、家族を養わなければならないという理由で、それまで以上の給料を要求する。これも、厳しいことを言えば「がめつい人」と言えるでしょう。子供を作るということはそもそも遺伝子に支配された利己的な行為なので、そうなるのは仕方のないことですが。
これはある程度は性格的なところもあるとは思いますが、適度な「がめつさ」を身につけるということが社会で生きていく上では鍵になるように思います。重要なことは、誰でも「適切にがめつくなる」権利があるということです。適切ならば、がめつさに罪悪感を感じる必要はありません。
今一度、自分が生み出した価値以上に稼ぎすぎていないか、逆に、生み出した価値にくらべて稼げなすぎではないかということを見直してみるのも良いのではないでしょうか。