こちらの本が、Kindle Unlimitedの対象になっていたので読んでみました。その感想です。
武術に「型」があるように、思考にも「型」があります。そしてそれは学問分野によって変わります。大学では、役に立つ「実践的知識を」を教えこむのではなく、すぐには役に立たない、それぞれの学問分野の「思考の型」を教えるべきだと著者は言います。

- 作者: 飯田泰之
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2013/04/01
- メディア: Kindle版
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大学で教えるべき事
大学は浮世離れしたことを教えるべきであり、それが現実的にもっとも役に立つ
私もそう思いますし、実際、私にとっても大学はそういう場所だったように思います。
型ができて初めて、応用である技を習得することができます。
本書は、著者の専門分野である経済学における「思考の型」を、読者に伝えるという形をとっています。
「なんだ、結局、経済学の話かよ」と一瞬思いましたが、それは本書を読んでいくと、いい意味で裏切られました。
上で書いたように、思考の型は学問分野毎に違うわけですが、経済学は実生活に直接に関わってきますし、科学という点で他の分野とも共通する思考の型があります(経済学は科学ではないという方もいるかもしれませんが、そこは置いておいて、科学たろうとしている経済学の話です)。
本書のサブタイトルにある通り、経済学の型を身につけて、人生の最適解を見つけたいところですね。
以下、私の心に残ったキーワードを挙げて、私が理解した範囲で解説してみたいと思います。
経済学における思考の「型」
希少性
無料の時に人が欲しいと思う量に比べて存在量が足りていないこと。経済学で扱うものは基本的に希少なものです。
忘れがちなことですね。こういう原則を理解するのが、まさに型だと思います。
限界生産力逓減、限界費用逓増
何かを追加するためのコストが徐々に増加することです。
仕事の場でも、「100点を目指すのではなく80点を目指しなさい」ということはよく言われますね。それは、80点を100点にするコストが、60点を80点にするコストに比べて、とても大きいからです。
客観価値と主観価値
現在の主流の経済学は、主観価値説です。
主観価値説では、「人間はそれぞれ自分が良いと思っている目標に向かって努力している」と仮定します。そして、そのことを「合理的」であると言います。
昔は、商品の価格はそれに要した労働力で決まるという労働価値説でしたが、今は、主観価値説に移っているそうです。つまり、良いと思う人が多ければ価格は高くなるということですね。
この前読んだマルクスについての下の記事にも、そんなことが書いてあった気がします。
マルクスは労働価値説だったけどそれは間違いだったという文脈で書かれていました。
素人の私の感覚だと、価格は、それを作るのにかかった労働量と、買い手の主観的な価値が組み合わさって決まるだけじゃない?(労働・主観価値説)と思うのですが。
例えば、
人気があって作るのに手間がかかるリンゴ > 人気があって簡単にできるリンゴ > 人気がなく作るのに手間がかかるリンゴ > 人気がなく簡単に作れるリンゴ
という順番で価格が変化するだけじゃないかと。違うのかな。
交換が成立する条件
交換は、交換に参加する両者がそれぞれ「得」をする場合に、成立します。
それは、つまり、人それぞれ価値観の違いがあるから交換が成立するということです。
Aさんは自分が持っているXよりも、Bさんが持っているYを価値が高いと考え、一方Bさんは自分が持っているYよりもAさんが持っているXの方が価値が高いと思っている、この時に、AさんとBさんとの間で、XとYの交換が行われます。
上のような物々交換ではない、お金を介した売買でも同じことです。
つまり、なんらかの自由な取引が行われる時には、それは全てwin-winなのです。
取引は両者が得をしなければ成立しないのに、取引をして「得をした」「損をした」とか言ったりするのは何故でしょうか。
それは、取引で得をした量が相手よりも多い時、少ない時に、人間は嫉妬深い生き物ですから、そういう言葉が出てくるのです。
理想的には、両者が得をする量が同じになるような価格で取引が成立するのが良いのでしょうね。
著者は、世の中に「買ったら負け」みたいな風潮があるのは馬鹿げたことと書いていますが、そういう風潮があるのは、売り手(企業)の方が、買わないと生きていけないという弱みを利用して得をより多くとっていると感じている消費者が多いからなのではないでしょうか。
あるいは、何かを買う場合には、お金を手放して、物を入手するわけですが、人間の認識として、お金の方が何にでも使える分だけ価値を高く感じるため、等価交換のはずの取引でお金を手放した買い手の方が損をした気分になるということはないでしょうか。
この前読んだ『貨幣の「新」世界史』によると、人間は本当にお金が好きらしいですから。

- 作者: カビールセガール,Kabir Sehgal,小坂恵理
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2016/04/22
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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機会費用
何かをすることは、その時間でできる何か別のことをしないことです。
機会費用とは、何かをすることによって犠牲になるもの・こと・お金のことです。
例えば、私は、節約のために自炊を良くしますが、一時間をかけて200円でお昼ごはんを作って、定食屋の1000円のランチの代わりに食べるのは得でしょうか?
機会費用の考え方からすると、私の時給が、1000-200=800円以上ならば、自炊などせずにその一時間働いたらよいということになりそうです。
しかし、ここで考えなければならないのは、上で書いた主観価値の考え方で、私は、自炊をする行為そのものに価値を見出しているのかもしれませんし、労働の一時間と自炊の一時間ならば、自炊の一時間の方が楽だと感じているかもしれません。
その場合には、時給2000の仕事を蹴ってでも、自炊をしたほうが良いという結論にもなり得ます。
しかし、もっと考えてみると、何かをすることは、「その時間に何もしない」機会を必ず失っているとも言えます。なにもしないことに価値を見出すなら、たまには何もしない時間というものを作る必要もあるのでは無いでしょうか。
割引率
今95万円もらえるのと、一年後100万円もらえるならどちらが良いでしょう?これが、割引率の考え方です。
「どちらでも良いよ」という人は割引率5%、「95万の方が良い」という人は割引率は5%以上、「100万の方が良い」という人は割引率5%以下と分かります。
この割引率は、「待つこと」の心理的費用です。未来は不確定ですから、「待たせるなら、その分多くくれ」ということです。逆に、「今くれるなら、少し少なくても良いよ」ということですね。
人によって、割引率は違っているのですが、割引率が大きい人は現在の快楽を重視しがちで、喫煙率や肥満率も高くなるそうです。
埋没費用(サンクコスト)
これまでにかけた費用を気にして、やっていることを止められない、新しいことが出来ないということはよくあります。
埋没費用(サンクコスト)とは、その後の行動にかかわらず取り戻すことが出来ない既に支払ったコストのことです。
埋没費用の事はきっぱり忘れて、次の行動を選択するというのが正しい行動なのですが、人はなかなかそれができません。
よく出てくる例ですが、映画館で映画を見ようとして見始めたら最初の10分で見る価値のない駄作だと分かった場合あなたはどうするでしょうか?
ほとんどの人はチケット代を払ったのだからとそのまま見続けるのではないでしょうか。しかし、正しい行動は、映画館を出て、その時間をつかって何か価値のある他の事をすることです。
価値の無いものを見続けることによって、機会費用が発生しているというわけですね。
逆に、サンクコストを無視できないという人の性質を利用して、コミットメントを引き出すという方法もよく活用されています。
ダイエット合宿などは最初にそこそこのお金を払わせることによって、お金を払ったのだから最後までやろうという気持ちにせさます。
このサンクコストについては、人がやっている何かをやめさせる時によく利用される言葉ですが、注意も必要だと思います。というのも、本当にそれが回収不可能なのかは、よくよく考える必要があるからです。
もしかしたら駄作の映画も、見方を変えて見続ければ、何らかの価値のある発見があるかもしれません。
科学一般の「型」
問題は分割して総合
難しい問題は、自分が解けるくらいに十分小さな問題に分割して、それぞれを解いてから、最後に総合して解決するという方法ですね。分割統治法(divide-and-conquer)と言ったりもしますね。
演繹法と帰納法を使い分け
ご存知の通り、演繹とは、前提を論理的に組み合わせて結論を得る方法。帰納法とは、個々の事実の集合から一般的な法則を推測する方法です。
正しい前提から演繹法で導かれる結論は100%正しいですが、逆に言うと新しい情報が付け加わるわけではありません。全ては前提に既に含まれていることの形を変えただけだからです。
一方、帰納法は100%正しい保証はありませんが、新しい情報を発見する可能性があります。
というわけで、帰納法は思考ための(仮の)前提の探索、演繹は既に知っている情報の整理や帰納法で得られた前提から何が言えるのかという推論に使うという使いわけをすることが大切です。
因果関係と相関関係の混同に注意
これは、よく言われることで、因果関係があれば相関関係があるが、相関関係があっても因果関係は必ずしも成立しないということですね。
しかし、世の中では、この混同は後を絶ちません。
そもそも、世の中にある多くのデータから言えることは相関関係でしかないためです。因果関係を知りたければ、そのための実験などをしてそれを証明するデータを得ないといけません。
まとめ
飯田泰之著『思考の「型」を身につけよう 人生の最適解を導くヒント』を読んだ感想を書いてみました。簡潔で読みやすい本です。私としては、既に知っている事も多く、少し物足りないという感じもしましたが、科学的な思考や経済学の知識が全く無い人には、ちょうど良い入門書になっているのではないかと思いました。ここで紹介した以外にも、実生活で役に立ちそうな思考の型がいろいろ書かれていましたので、興味のある方は是非読んでみてください。

- 作者: 飯田泰之
- 出版社/メーカー: 朝日新聞出版
- 発売日: 2013/04/01
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